【わかりやすい】今日は何の日&雑ブログ

365日の記念日をわかりやすく紹介します。また、これはオススメと思った情報を発信します。

【10月21日 記念日】あかりの日〜今日は何の日〜

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10月21日は「あかりの日」です。「あかりの日」に関係するトピックスを紹介します。朝礼やその日のネタにでもなれば幸いです。

 

あかりの日

あかりの日」は、1981年(昭和56年)に、照明関連3団体(日本照明工業会日本電気協会照明学会)が設立した「あかりの日」委員会によって制定されました。

10月21日である理由は、1879年(明治12年)の10月21日に、アメリカの発明王トーマス・エジソン白熱電球を完成したことに由来します。

「あかりの日」委員会は、毎年10月21日を「あかりの日」と定め、より良い照明のあり方について情報発信を進め、より多くの方々に照明に関心を持って頂くよう活動しています。

 

白熱電球の発明について

白熱電球の発明はエジソンではない?

白熱電球の発明家といえば、「トーマス・エジソン」というイメージが強いですが、実は最初に発明した人物は、イギリスの「ジョゼフ・スワン」であり、1800年代中盤に白熱電球の点灯実験に成功したといわれています。スワンは、それ以前の研究で使われていたプラチナ製のフィラメントを、炭化した紙のフィラメントに代えることで電球を光らせたのです。スワンは、様々な工夫をこらして40時間という連続点灯時間を実現しました。

「電球を開発した人物=トーマス・エジソン」というイメージが定着したのは、その白熱電球の安定性にありました。スワンが開発した当初の白熱電球は安定性に欠けていて、実用性はほとんどありませんでした。しかし、エジソンの研究によって開発された白熱電球は安定性が高かったことから、実用的な白熱電球とされ、世の中に電球を広く普及させることになりました。これにより「電球=エジソン」というイメージが定着したといわれています。

 

エジソンの白熱電球開発には日本が関わった?

アメリカの発明王であったトーマス・エジソンは、1876年(明治9年)の29歳の時に、ニュージャージー州メロンパークに研究所を建て、ここでいろいろな大発明(電話器、蓄音機など)をすることになります。

1879年(明治12年)のエジソンが32歳の時、木綿糸に煤(すす)とタールを塗って、炭素化させたフィラメントを使い、約14時間連続して点灯する白熱電球を開発しました。しかし、白熱電球を世の中に売り出すには、最低600時間の点灯が必要と考え、世界中から6,000種類の材料を取り寄せて試しました。そして、たまたま研究室にあった扇子の竹材料で作ったフィラメントを使ったところ、200時間の点灯ができました。それで、フィラメントの素材を「竹」に絞り、20人の調査員を竹採集のために世界へ派遣して、1,200種類の竹で実験しました。

翌年の1880年(明治13年)に、エジソンの助手であったウィリアム・H・ムーアが来日し、後に初代総理大臣となる伊藤博文と会談した際、現在の京都府八幡市に、良質な竹があることを助言されました。以前から、八幡の真竹は、しっかり引き締った繊維が評判で、工芸品や刀剣の留め具(目釘)に使われていました。八幡の真竹を使ったフィラメントの白熱電球では、どの竹よりも点灯時間が長くて、1,200時間以上も点灯しました。これにより、製品化された白熱電球では、世界中に輸出され大ヒットし、新素材のフィラメントが開発されるまで、10年以上も製作されました。
エジソンは、ロウソクのあかりで過ごしていた暮らしを、電気の光で輝かせ、世の中を一変させました。